「嫌われる勇気」を読んで思ったこと



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前にアドラー心理学を書いている「嫌われる勇気」を読んだ。とあるフレーズが印象に残っているのでここに書きとめようと思う。

あんまり内容覚えてないけど

感想文というか個人的に印象に残っているフレーズについて僕の意見で深めていく感じです。

こんなフレーズがありました。

「向上心とは劣等感の裏返しの感情である」と。最初は???て思いましたけど、考えてみると確かにそうだなと。

例えば「向上心」には動機としては以下のようなものが挙げられますね。

  • 勉強をして成績(順位)をあげる
  • 毎日練習してサッカーのレギュラーを勝ち取る
  • ファッションの勉強をして、自分の見た目を少しでもよくする
  • 仕事に失敗してもどこがだめだったのかを冷静に分析し、次に活かす。
  • 知らない分野について知識を得るため読書を日常的にやる

とか、一般的に「努力」と言われるものは基本的には今の自分をもう一歩上に進ませる「向上心」からきているわけです。

そしてなぜこれらが、「劣等感」の裏返しなのか。

考えれば当たり前なのですが、誰だって何事において負けるのは嫌です。嫌ではなくても勝てるならそれに越したことはないわけです。

頭のよさ、成績、見た目、経済力、スポーツ、何にしろそうだと思います。

そしてもし負けると、嫌な気持ちになります。この嫌な気持ちの正体って一体何なのでしょうか?

多分これを追求することで、この「向上心は劣等感の裏返し」というフレーズを理解することができると思います。

負けた時の「嫌な気持ち」の正体

見た目で負ける(好きな人にふられる)、成績で負ける、部活の成績で負ける、会社の業績で負ける。

負けたことある人なら理解できると思いますけど、今の自分が嫌になりますよね?

自分は何でこんなブサ〇〇なんだとか、なんでこんな勉強できないんだとか、例え他で人に認められても負けた瞬間は他の自分の長所なんか忘れて、負けたポイント(欠点)に意識がいってしまいます。

ここで俺には別の長所があるからいいとか、楽観的な人はほっときます。そういう人は向上心がないので、劣等感を感じることもないです。

自分にとって都合の悪い現実には目を瞑るタイプです。

しかし世の中そういう人ばかりではなく、冷静に現状を受け入れ自分を今より高い次元へ進ませようとできる人もいます。「向上心」の強い人たちです。

話を元に戻すと、現状を受け入れる= 自分の欠点を認めるということです。ということは何かしらの向上心を持っている人は現状の自分を受け入れてはいるけど、そんな現状の自分に不満がある人ということになります。

この不満の正体こそが「負けている」劣等感です。

つまり、何かに向けて努力している人は他人と比較した時に劣等感を感じている人だということになります。

事実自分もそうです。自分より圧倒的に勉強できる人をみると自分もがんばならないとなとか、イケメンをみると自分ももう少しおしゃれしてみるか、とかそんな気分になります。

あなたの周りにも向上意欲が半端ない人たちはたくさんいるかもしれません。そういう人はおそらくといっていいほど、何かに負けたくないから頑張っていると思います。

とまぁ、「嫌われる勇気」の本質であるアドラー心理学については一切触れずにここまできましたが、内容も面白いです。

アドラー心理学的には

うつ病は結果論としてうつ病になるのではなく、何かの目的を達成するための手段として本人が「うつ病」という病気を利用している(患っている)という考え方です。現状を全て目的論として考えるらしいです。

誰が好き好んでうつ病になるかよって人は読んで見た方が早いかもしれません。納得するはずです。

他にも腰が抜けるようなフレーズがたくさん出てきます。普通の自己啓発本と違って物語(登場人物二人の議論)で構成されているので読みやすいですしね。

他にもこの本はディスカッションとかのお手本になるんじゃないかとか思いますけど。青年に対する先生の受け答えはさすがとしか言いようがありません。気になる人はぜひ読んで見てください。



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投稿者:

中村 俊

中村 俊

1993/09/04生まれ。機械系大学院を休学し、ベンチャーでインターンしている最中。直近では、デカルトの「方法序説」に感銘を受けた。 趣味:読書、web開発の勉強、異分野の論文読んだり、記事書いたり。 最終的には経営者か研究者になりたい。

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