自殺するくらいならSNSなんてやらないほうがいいと思う。



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この時期9月の頭になると10代の自殺者が増加するらしい。休み明けが近づくにつれ休み前の学校の嫌な出来事を思い出し命をたってしまうらしい。

参考程度にこちらの記事。


今回はこの日本特有の社会現象について思うことがあるので、つらつら書いてみようと思う。

既読無視されるから自殺

この記事ではないが、以前読んだ記事では若者が自殺する理由についてSNSによるいじめに焦点を当てていた。

確かにSNSで自分が投稿しても注目されないのはかなり悲しい。僕自身そんなことばかりだ。だから自分はSNSをやめたしSNSなんてやらなくても楽しくいきていこうと決めた。

今は僕のことはひとまずおいといて、何が言いたいかというと、人々を便利するために普及してきた技術が別の側面で人々を苦しめているということだ。

SNSが普及する前はこんなに自殺率は高くなかったと考えられるし、自殺率が近年急増しているのもそれが原因と見て間違いない。

SNSは確かにあれば便利で裕福にしてくれる側面もあるが人間が使っている以上そこに「絶対的な安心」などない。自動運転車が普及しようとも事故がなくならないのと同じだろう。

SNSの被害による自殺は人間の精神が技術に追いついていないことが原因かもしれない。

SNSが普及する前はこんなに多くの情報を短時間で手に入れることなどできなかったはずだ。しかしfacebookやtwitterがあれば嫌でも友人の情報が入ってくる。

もし知り合いの情報が入ってこなければ無駄な雑念はなくなり、己のやりたいことに集中できる時間も増える。考える時間も増える。他の人の情報など知る手段がないから情報を得るという思考もない。そのため昔は目の前の自分がやっていることに集中できる環境が、今よりはあったはずだ。

しかし他人の情報が入るとやはり自我を保つのは難しいだろう。自分はこれでいいのかとか、自分もあいつみたいにしたほうがいいのではないかとか、どうしても他人と比較する時間が増えるだろう。

人間の精神に話を戻すと「精神」の成長はそう簡単にできるものじゃない。

「SNSやると便利だけど自殺しやすくなるので気をつけてください」とか言われてもすぐに改善できる程、我々は器用じゃない。

今まで人類が気にも止めなかったことに今度は日常的にアンテナを貼る(気をつける)という意味で新しいことだし、そういう意味で精神の成長と言っているのだ。

自動運転車にしろ同じことだ。技術だけ先走ってもそれを使うためのインフラや法的整備がなければ新たな事故を生み出すことは当然である。

それと同じことをSNSは生じさせていると僕は考える。

なので何も準備していないことを考えれば、こういう社会現象が起きるのは当然だし当然被害者も出てくる。

自分が被害者(SNSが巻き起こす現象の)になりそうなら、やめれば良い思う。というか現状それしか手段が思い浮かばない。

SNSをやっていないと仲間外れにされるとか、友達がいなくなるとか、話題についていけなくなるとかそういうことを気にする年齢ではあるけれど、正直それで自分を苦しめてくる連中なんかつるまないほうがいいと思うし。iphone持ってないからと適当に嘘ついて孤独を極めたほうがよっぽど自分らしく生きられると思う。何より死ぬくらいならSNSなんてやめてしまえばいいのにと本当に思う。

自分は友人のリア充の情報を見ると今の自分と多少比較してしまい、やはりいい気分になれる時間ばかりではない。なのでtwiiterもインスタグラムもfacebookもやっていない。

そしてそういうのを見てない時間てやはり自分のことに集中しているし、他人が何をやっていようと気にならない。

逆にSNSを見ると劣等感とかそういうのを感じるので自分はやめたほうがいいなと思いやめた。やることが義務付けられている訳ではないので続ける理由なんてないと思うし。

とは言っても10代のいじめの原因はSNSだけではないけれど、SNSが原因で自殺をしてしまうのだけは本当に残念でならない。

何かSNSをやめることができない状況があるということだろうか。

SNSで苦しんでいる人に向けて言いたい。孤独を極めるのも悪くないって。



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投稿者:

中村 俊

中村 俊

1993/09/04生まれ。機械系大学院を休学し、ベンチャーでインターンしている最中。直近では、デカルトの「方法序説」に感銘を受けた。 趣味:読書、web開発の勉強、異分野の論文読んだり、記事書いたり。 最終的には経営者か研究者になりたい。

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